2012センター現代文―小説「たま虫を見る」(井伏鱒二)解説

さて、今年もセンター試験の小説の解説をやっちゃってみますよ。やっぱり穿った読み解き方をしていくので、あまり参考にならないかもしれないですが、まあお暇なら読んでみてください。

2013センター現代文―小説「地球儀」(牧野信一)解説
2011センター現代文―小説「海辺暮らし」解説


※問題はこちら/から。


2012年のセンター小説の題材は、井伏鱒二の掌編「玉虫を見る」というマイナーな作品。井伏の年譜を見ると、どうやら昭和3年5月の『三田文学』に掲載されたもので、『山椒魚』よりもちょっと前の初期作品ということでしょう。全体の雰囲気は、志賀直哉の『城の崎にて』チックな心境小説といえます。同時期の梶井基次郎にも近いですが、それでも井伏らしいかちっとした構成、さりげない寓話性、暗くなりすぎない筆致とかとか、なんとも印象深い小品ですね。

さて、試験問題についてですが、今回の問題を作成した人の意図はじつにはっきりしています。まずはそれをつかむことが大事。問6の正解番号②に、問題意図の一端がうかがえるでしょう。「小学生時代、大学生時代、無職時代、校正係時代」での、たま虫にかかわるちょっとした悲しいことを書くというこの小説に対して、問2で小学生時代、問3で大学生時代、問4で無職時代、問5で校正係時代のことをそれぞれ問うているわけです。だから、小説の構造に沿った、きわめて整然とした問題だといえます。

問題作成の側のお手柄と言うよりは、作品内部の明確な構造意識があってこその、整った試験問題であろうと思う。注にもありますが、「たま虫色」というのは、「光線の具合によって色が変わって見える染め色・織り色」です。つまり、この作品全体が、たま虫色の織物(テクスチャー)としてあり、それぞれの時代を光源としながら、主人公の静かな悲しみをさまざまに照らし出す、という作りになっているんですね。問題を解く側は、常にその構造を敏感に察知するようにし、また、小道具としてのたま虫に注意しなければいけない。

問2。傍線部の言い換えをやっていけば解ける問題。まず「もとの悲しさ」とは何か。前段落を見ると「この悲しい時」とある。「この」が示す指示語はその前文、つまり兄に殴られ、木立の中に駆け込んだことです。で、叔母に言いつけてやろうと思いながら、叔母は自分を叱るに違いないから、そのやり場のない感じを一人で抱いているということ。ここに差し挟まれているたま虫は、その主人公の寂しさを暗示する役割を持っています。「誰にこの美しい虫を見せてよいかわからなかった」ところに、少年の心に入り込んだ寂寥感を見て取れる。

問3。大学生時代の問題。選択肢の文章はそれぞれ長いけれど聞かれていることは単純で、要するに、小道具のたま虫に対してとった主人公と彼女の態度の相違から生じた、二人の気持ちのすれ違いを正しく説明したものを選べばよい。すれ違いを表出させるアイテムとしてのたま虫ということです。消去法で⑤が妥当ということになるか。

問4。問2と問3と同趣旨な問題。たま虫を取ろうとして手を引っ込めなければならなかったために生じた、ふとした悲しみについて、きちんと説明しているものを選ぶ。前二問と同様、問題を解く力というよりも、本文を読む力が今回重視されているような印象を受けますね。小説の構造と、たま虫の役割について意識しながら読む。

問5。傍線部を分割して関連箇所を探すべし。「人を押しのけはしない」という部分が、編集員に頭を殴られ、しかし「彼に対して反抗」せずに「不愉快になる」ところと結びついているから、それに触れた選択肢を選ぶ。選択肢の文は長いけれど、先に傍線部の対応箇所を見つけておいて、一つ一つ見ていけば消去していきやすい。

問6。正答率が低いのはたぶんここだろうと思う。②はこれまで述べたように分かりやすい。問題は後一つ。①は難しく書かれてはいるけど、全体にわたって「私」に寄り添っているのは明らかなので×。④「死んだように生きていると感じている私」とか、「生き生きとして見えるたま虫」とか、誤り。⑤これまで見たように、たま虫は主人公の人生と対応しながら、主人公の寂漠感を表象している。だから、たま虫と対照的に主人公が充実するという描写では決してない。

わかりにくいのは、③か⑥かということでしょう。⑥が誤っているのは、「幸福についての私の考え方」が変化していない、ということなのだろう。ただ、「幸福についての私の考え方」を表している箇所が、この作品、かなり少ない。「悲しいときにだけ、たま虫を見た」と述べ、「この色は幸福のシンボル」という話者の曖昧な会話文がある第一段落に表れているだけで、そこから悲哀に満ちた体験にたま虫が添えられ、最終段落において、「私の不幸の濃度を一ぴきずつの昆虫が計ってみせてくれる」と付け足しているくらいなのです。

最終段落付近で、「幸福についての私の考え方」が変わっていないと確信をもって言えるだろうか。「生きているように見えるたま虫」を袖の中に入れた。「少しばかり人を押しのけながら割り込む必要を覚えた」。数日後、「私はたま虫のことを忘れてしまっていた」。そしてその粉末を吹き飛ばして、「最近私は、若し失職したならば叔母に依頼して、牧師になるように手続きしてもらおうと思っていた」というのである。この間に、「私」の心情の変化は確かにある。「今度たま虫を見ることがあるとすれば、それはどんな時だろう」という言葉も、憂鬱な言葉として以外に聞こえはしないか。ここに⑥を切るに切れない事情がある。

「幸福についての私の考え方」が言い過ぎというのであれば、しかし③もまた、正解の選択肢として微妙といえる。問題作成者としては、「ゲラ刷りの綴針」を使ってたま虫を電信柱にとめるという行為に、校正係として自由に身動きのとれないあわれな自分の姿を見るということだろうが、客観的な正答とはいえないのはむろんであるし、むしろ、その後、そのたま虫は「生きているように見え」、私は「少しばかり人を押しのけながら割り込む必要を覚えた」というのだから、そう一方通行な比喩を単純に首肯するわけにはいかないのです。

が、こうしてくどくどといちゃもんをつけてみたわけですが、これはセンター試験ゲームではNG。小説に一つの解を求める不毛さを覚えて、ああも言える、こうも言える、とするのは問題解答者としてあってはいけない態度なのです。作成者の意図を十分にくみ取って、そのレールの上で問題を見ていかなければならない。

今回の場合、冒頭述べたように、問題作成者が意図してことは二つ。一つは小説の構成に沿って問題を振り分けること、そして二つ目は標題にもある「たま虫」を構造として取り込むこと。すなわち、前年のセンター小説「海辺暮らし」の婆さんと猫と同様、「私」とたま虫の間に一つの対応関係を想定することが今回の主眼の一つであった。四つの時代のそれぞれで、たま虫が私の悲しみを表徴する装置として積み重ねられることで、「私」とたま虫は強く同一化が進んでいたと想定される。それが、たま虫を、自分の職業道具である「ゲラ刷りの綴針」でとめるところで、表に現れるという流れで最後の問題に至ったと考えられるわけだ。


※「幸福についての私の考え方」についての補足

この小説の冒頭で、不特定人物の「私達」が、玉虫について話す場面がある。(おそらく想像のシーン)
「死骸」としての玉虫を見て、「この色は幸福のシンボル」と、「書物にそういって書いてある」と述べています。それに対して、「私」は、「生きている」玉虫を、むしろ不幸のシンボルとして、実体験として感じ取っている。(この構成も見事としか言いようがない)

小学生時代には、生きている玉虫を捕まえたのに、兄にも叔母にも見せられないため、主人公の悲しみを助長させた。大学生時代には、レインコートにとまっていた玉虫を彼女が躊躇なく殺してしまい、それがために二人の距離を浮上させた。無職時代には、せっかく玉虫を見つけたのに、警察に誤解されるかもしれないために、捕まえられない自分のみじめさを意識させた。

そして校正係時代となるわけですが、これまでの三つの時代とは、玉虫の役割が微妙に変わってきている。「いまに蟻が群がる」だろう、死んだ玉虫を「ゲラ刷りの綴針」でとめ、「生きているように見えないかね?」と独り言のようにつぶやいて、袖の中にしまう。すると、編集員に対して「反抗しなかった」主人公が、電車に乗る際、「少しばかり人を押しのけながら割り込む必要を覚えた」という。つまり、これまでの三時代では、玉虫の存在が主人公の憂鬱を深めるばかりであったのに、ここではむしろ玉虫の発見後に処世術を体得し始めている。数日後には、袖の玉虫は醜悪な粉末になっていた。それを吹き飛ばすという流れですね。「不幸の濃度を一ぴきずつの昆虫が計ってみせてくれる」、つまり、不幸の計量器としての玉虫を吹き飛ばしたということ。

ここで重要になるのが、「最近私は、若し失職したならば叔母に依頼して、牧師になるように手続きしてもらおうと思っていたのである」という最後の一文。すでに前段落に、「修道院」に入っている「叔母」のことが書かれているのだが、主人公が入信する意思を持っていることはこの時点では触れられていなかった。末尾に至って消極的ながら「牧師になる」という決意を持っているということは、そこにある種の救済を求める求道的態度が看取できる。

だから言い換えれば、ここに幸福を追求する主人公の態度の変化を見ることもできるわけです。主人公は、「今度たま虫を見ることがあるとすれば、それはどんな時だろう」と、不遇な状況に現れる玉虫の存在を考え、そして夢の中でオルガンを弾きながら、「牧師になる」という一希望によって、将来見るかもしれない玉虫=不幸を変節させようと考えている、という読み方が可能になる。

これはあくまで一つの読み方に過ぎません。ただ今回は、二つ以上の決定しがたい選択肢が出た場合、問題作成者の側に一度立ってみて、そして正答を導き出そうとする方法をとることが、私の目論見だったわけです。

黒い雨 (新潮文庫)
黒い雨 (新潮文庫)
posted with amazlet at 12.01.27
井伏 鱒二
新潮社
売り上げランキング: 26626


 ・なんで大学入試の過去問題集て赤本しかないの?
 ・「あれこれやるより1冊完全に」は本当か
 ・日本史か世界史,どちらが有利か
 ・★★★浪人は現役には勝てない★★★
 ・コミュ力ある高卒よりコミュ力の無い高学歴のほうがヤバイ
 ・センター試験の小説ってイイ話多いよな
 ・学校休んで受験勉強
 ・英単語をひたすらノートに写経してる奴wwwwww
 ・何がきっかけで本気で勉強やる気になった?
 ・勉強中の音楽はダメなのか

>>>《記事一覧

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

1105 :

今年の小説面白すぎwww
しかめっ面だけで職質とかね…モロ俺ら
でも、問題は簡単だった。
聞いてるのは単純な事だもの。
あと、管理人さん乙、
いつも分かりやすくて助かります。

1107 : No title

小説最後の問題の選択肢⑥について、文章の中から読み取れるのは、せいぜい幸福感だとか私の気分の変化であって、幸福についての考え方が変化したかどうかは分からないってことなんでしょうか?
「少しばかり人を押しのけながら割り込む必要を覚えた」っていうのもそうした方がよい、する必要があるってだけで、こうすることで幸福になるかどうかとは多分関係ありませんし
やはり幸福についての考え方の変化っていうと、例えば「私の幸せとはお金がたくさんあることである」という考えが「健康に生きることが幸せである」という考えに変わるというような「幸福とは何か」を問うような内容になると思いますが、文章にはそのような「幸福とは何か」という内容のことは書いてないですから、幸福についての考え方の変化では無いということでしょうか?

ただ、③の選択肢については、上記解説でおっしゃっているように、たま虫を「ゲラ刷りの綴針」でとめるところまでは、私とたま虫は身動きが取れないという点で一致してますが、その後では、たま虫が「生きているように見え」という描写となり、それは私の心情や状況と一致しなくなるような気もします。
ただ選択肢③は「ゲラ刷りの綴針」でとめるところまでで考えるということなのかもしれません、つまり私がたま虫と自分を重ねあわせているのは「ゲラ刷りの綴針」でとめようとするところまでであって、とめてみたら「生きているように見え」たとなったが選択肢③の内容はとめようとするところまででありその後は含まれないということでしょうか?
どう思いますか?

1108 : No title

>kiさん

「幸福」については少し記事内で補足を入れさせていただきました。質問とずれた回答になっているかも・・・。

3についてはおっしゃる通り、問題作成側としては、校正係として鬱々としている主人公と、針で止めた玉虫が同一地平にあることだけを読み取ってほしかったのだと思います。実際選択肢のみを読めば、この一文だけに限っての説明ともとれますね。

1109 : No title

いや、すばらしい解説ありがとうございます。
選択肢⑥の「幸福についての私の考え方」の意図するものの程度がどの程度のものなのか、私ははっきりと言えませんが、③が正解ということは余り広くは無いということなのでしょう。
まさしくそういった程度さで解答も変わってしまう問題のような気がしますね。

ですから私としては③と⑥を比べたときに、釈然としないところがあります。
③の「効果的に描き出されている」というのはきっと「ゲラ刷りの綴針」をわざわざ使っている点やたま虫を「彼」と表現している点、「標本みたいに」などの点かもしれませんが、はたしてそこまで効果的だろうかと思ったりもします。

1112 :

最後の6番と2番間違えた。
でも後悔してない。
この選択肢のおかげであの小説の面白さがわかった。

1116 : No title

どのような御方のブログかまだ存じ上げませんが、きちんと正確に説明なさっています。

さきほど不二草子とやらで、問5は根拠のない悪問との居直りをみたばかりでしたので安心しました。

大手予備校も問5は苦手のようですが、普通に解けますよね・・・・・・

自分が解けないからといって悪問と批判するのはぜひやめて欲しいところです。

問われているのは不二草子氏の不勉強ですよね・・・・・・

問3の解説もお見事です。

不二草子では変な解き方をしていましたが、内容から消去法を取らせる問題で、過去にも必ず出ています。

いやあまともな解説者がいてよかったです。
検索フォーム
最新記事
オススレ
大学受験関連で人から言われた迷言を晒すスレ
医学部目指して後に引けなくなった太郎ちょっとこい
源氏物語の何がそんなに凄いの?
センター過去問って昔ほど簡単じゃね?
センター試験の小説ってイイ話多いよな
なんで理系の人って国語が苦手なの?
学校休んで受験勉強
古文の世界でありがちなこと
教師は社会人の常識がない気持ち悪い職業だと思う
受験少女まどか☆マギカ
【結局】受験の末に悟った事【結局】
愛国心って必要なの?
ぶっちゃけ学校なんて必要なくない?
センター試験面白いほどシリーズの地学の表紙はエロい
センター試験会場で見た珍プレー好プレー 2011
家庭が貧乏な奴ちょっと来い
恋してる受験生
人生やり直せるなら、どこからやり直したい
数学が面白すぎる!!
【目を】受験戦争って差別じゃね?【覚ませ】
国公立大学を擬人化
受験生のこの夏の重要性。
夏休みの勉強時間
古文って意味ないだろ?
予習、復習方法について
「子供の頃の夢」と「現在の職業」教えて!
親がマジでムカツクんだが
受験勉強にノートまとめは一切不要
勉強と部活ってどっちが大事?
「大学どこ?」「東京工業」「どこのFランだよww」
受験生の睡眠時間
英文音読って本当に意味あるの?
宅浪で成功した人、失敗した人
大学受験用語集234
浪人するための心構え
予備校は役に立っているのか???
受験ストレスなのか頭髪に危機感を抱いてきた・・・
親に感動させられたヤシ2
正直Z会と進研ゼミってどっちがいいの?
世界の中に自分がいるか、自分の中に世界があるか
黄チャート「やっぱりあの子がいいの?」
【夏目漱石】Kはなぜ自殺をしたのか?【こころ】
センター試験のときの心がけ
センターで持ってくといいものは何?
いずれ必ず来る 死 について
【センター】現代文語句の意味対策スレ【国公私立】23
勉強してると嫌な事を思い出す
「これ覚えても社会で使うの?」と思った科目・分野
やる気の出る名言を受験生に
受験生が夜ひとみを閉じて独り思うこと
受験を通じてわかったことを書いていけよ
お前らって何のために大学目指してんの?
受験終えた奴が1つ受験の役に立つことを書いていく
大学に落ちたときの気持ちを思い出そう
受験リンク集
一流大学への道
受験勉強法Blog
偏差値30から早稲田・慶應大学に合格する英語学習法
大学受験の勉強法Tips
大学受験HACKS
大学医学部合格の偏差値ガイド(医科大学編)
独学で簿記1級、2級、3級を合格する方法
ここが難しい大学受験政治経済勉強法
大学受験Lab
大学受験合格大作戦
物理の参考書おすすめランキング
【一冊を】武田の受験相談所【完璧に】
英文法道場
楽しく覚える歴史年代
みんなの進路指導室
English Studio
みかん箱で勉強blog
受験勉強AtoZ
浪人大学付属参考書博物館
大学への物理
大学受験☆逆転合格術
英語の勉強の仕方スレ まとめ

大学入試センター
河合塾
代ゼミ
駿台
東進
早稲田塾
四谷学院
城南予備校
市進予備校
臨海セミナー
秀英予備校
北九州予備校
ベネッセ
Z会
大学受験パスナビ
月刊「大学への数学」
学参ドットコム
2ch大学受験板テンプレまとめwiki
大学受験板
大学受験サロン板

今井宏オフィシャルブログ
安河内哲也オフィシャルブログ
ひでにっき(大岩秀樹)
予備校講師日記(志田晶)
金谷俊一郎オフィシャルブログ
英語講師 仲本浩喜 Official Site
当たり前のことながら(西きょうじ)
薬袋善郎の公式ウェブサイト
ドラゴンイングリッシュ 竹岡広信のブログ
坂田アキラのブログ
船口明のオフィシャルサイト
出口汪オフィシャルWebサイト
ここに板野!ニュース(板野博行)
樋口裕一の筆不精作家のブログ
石川晶康のホームページ
日本歴史文化研究機構 <JCIA> (理事長・竹内睦泰)
佐藤幸夫オフィシャルサイト
大堀求オフィシャルサイト
大森 徹オフィシャルサイト
おさむっちぶろぐ(大宮理)
漆原晃オフィシャルサイト
山岡の地理B準備室
メールフォーム
相互リンク・RSS申請はこちらから。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール
10年近く前のHPの形に戻して行こうと思う。
  1. 無料アクセス解析

Author:キサラギ
大学受験生を応援するよ!

カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示