受験のための文学史~古代~

まえがき

大学受験の中で文学史というのはどうも微妙な位置づけのようで、がっつり勉強するほど配点が大きくはないけれども、とくに私大なんかでは割と配点があって、少し勉強しただけではうろ覚えで結局答えられないということがよくあります。

市販の参考書で一冊丸々文学史というものもあるが、読んでみると細かすぎてなんだか飽きてくるし、かといって現代文・古文や日本史のついでのような参考書では無味乾燥すぎる。フルカラーの図説を眺めていても、情報が散漫でいまいちまとまった理解が深まらない。一問一答集を何回やっても定着した気がしない。

もともと文学史というのは、後世の学者が、何々派とか何々主義とか、誰は誰の影響を受けているとか社会的政治的意義があるとか、何とか綺麗に一本の糸にまとめあげようとする努力から生まれてきたもので、賛否あれど割と理解しやすく工夫されてきています。

でも大学受験生がそれをゼロからでもわかりやすく、飽きずにすぐ終わる文学史の本というのはあんまりありません。文学史一本だけで受験するならまだしも、十点にも満たない文学史に余計な時間は割けられません。

というわけで、うまいこと理解しやすくて、深入りせずに面白い部分・試験に出る部分を取り上げながら、大学受験用の文学史を書いてみようという目論見です。さっと読んでもらえれば、文学史の輪郭がはっきりしてきてくるのではないかと思います。



古代前期

日本の歴史や文学史はいろんな区分をされていますが、ここでは、

①古代前期(~奈良時代)
②古代後期(平安時代)
③中世(鎌倉・室町時代)
④近世(江戸時代)
⑤近代(明治時代~戦前)
⑥現代(戦後~)


とわけて説明していきます。

まずは、①古代前期です。日本文学の発生から、大和(平城京)で朝廷が隆盛し、京都に都が移るまで。ここから、日本語で記された作品が登場してきます。

ふと考えれば、文字としての日本語ができる以前からも、日本では言葉で会話したり、歌を歌ったり、祭りを行ったりしている。『古事記』や『万葉集』は言葉が記録されはじめた最初の文学作品であるわけです。

そうした文字としての日本語が可能になるまで、人々はどのように後世に記録を伝えていったかというと、それは「口承」(口伝え)で伝えていくしかない。老人が子供たちに伝え聞かせ、その子供が老人になったとき、次の子供に伝えるようなものを想像してください。

「口承」というのは長い年月を経ると、だいたい風化してくるものですが、その時間の試練に耐えたものが、いよいよ文字として記された、それがこの時期の特徴といってよいでしょう。

『古事記』
【試験に出る暗記ポイント】
・全3巻
・成立712年
・稗田阿礼(ひえだのあれ)が誦習したものを大安万侶(おおのやすまろ)が筆録
・元明天皇に献上


『古事記』ができた理由は、その序文に書いていて、要は「昔を大切にしないといけないけど、世間では事実と嘘が入り混じっているので、天皇として事実をきちんと本にして後世に伝えよう」ということ。

口承というのは伝言ゲームのようなもので、都合よく情報がねじまがっていくものだから、文字という不変のものにしておこうということです。ついでに天皇の権力を確固たるものとしようという政治的な力も加わっている。

稗田阿礼というものすごく記憶力のいい人が素材を提供して、大安万侶が書き記したものです。上・中・下巻で、神さまが国を生んで、天皇が降臨し、ようやく最近の推古天皇が出てきて終わる。国が誕生したときからこれまでずっと、天皇の権力は続いているのだぞとアピールしているのです。

神話のような、歴史書のような、文学のような作品で、実際読んでみても面白いので、機会があれば現代語訳で読んでみるといいかもしれません。

『日本書紀』
【ポイント】
・全30巻
・成立720年
・舎人親王が中心になって編集
・元正天皇に奏上
・六国史の一番目


『日本書紀』は『古事記』と同様に、国の始まりから直近の持統天皇までを、時系列で伝えているもの。『古事記』とあわせて「記紀神話」といったりもします。

『古事記』に比べると読み物として面白くない。『古事記』よりも歴史に重点を置いた感じになっています。巻数も古事記よりもだいぶ多いですね。というのも、タイトルに「日本」とついている通り、『日本書紀』は外国(当時の唐や朝鮮など)に対する意識があったのだといわれている。

そのため、面白くはないが意義深い事業なようで、その後も『続日本紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『日本文徳天皇実録』、『日本三代実録』と間隔を開けて出している。『日本書紀』とあわせて「六国史」と呼びます。

『万葉集』
【ポイント】
・現存最古の歌集
・全20巻
・大伴家持が最終的に編纂


『万葉集』は現存最古の歌集です。すべて合わせるとなんと約4,500首の歌が収録されています。天皇から貴族、政治官僚、名もない庶民まで、幅広い人の歌が収められている。内容も、儀式的な歌から始まりやがて私的な歌が増えていく。これは、集団的な歌から個人的な歌へ変わっていくということで、日本人の自我形成過程といってもいいです。

歌を一部ご紹介すると―

世間(よのなか)を 憂しと恥(やさ)しと思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば(山上憶良)

「世の中がつらいと言っても、見捨てて飛び立てやしない、鳥ではないのだから」といった歌。山上憶良は下層社会に寄り添った歌を作っていて、上の歌は「貧窮問答歌」といわれるものの有名な短歌部分で、これより前には、「私はこんなに貧しくて苦しいのだ!」→「いや私なんてもっとこんなに貧しくて苦しいんだぞ」といった長歌形式の問答(?)が書かれています。

世間(よのなか)は 空(むな)しきものと 知る時し いよよますます 悲しかりけり(大伴旅人)

「知る時し」の「し」は強調の副詞、「いよよ」は「いよいよ」です。今から千数百年前の古代の人間がこんな現代人のような虚無を感じているのは何とも面白いですね。

新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)(大伴家持)

この歌は『万葉集』最後の歌。新年が開けて降る雪のようによいことが降り積もりますようにという、めでたい祈りのようでどこか切ない歌。

この作者は、最終的に『万葉集』を編纂した大伴家持の作ですが、この歌の前年には政治的権力が衰えて左遷されていて、そういった意味でも切実な心が籠っているのでしょうか。

『万葉集』の4500首は一度に生まれ出たわけではなく、文字にならない時代から伝わってきている歌が蓄積されて、『万葉集』で集約したということで、ごちゃごちゃしているが原始以来の素朴でおおらかな歌も多く、江戸時代に賀茂真淵という学者が、『万葉集』を「ますら(益荒)おぶり(男振り)」と評価している。

また、4500首もあるとばらばらだと思ってしまいますが、一応三大区分があって、

①相聞(そうもん)
②挽歌(ばんか)
③雑歌(ぞうか)


になります。

①相聞は「相(おたがいに)聞こえる」ということで、代表的には恋歌ですが、主従だったり親子・兄妹との間で、あるいはその相手に対して歌うもの。
②挽歌の「挽」とはひつぎ(棺桶)の車をひくことの意で、転じて死者を弔うこと。つまり挽歌とは死者を弔う歌です。相聞は相手がいて情を交わすのに対して、挽歌は相手が死んでこっちからの完全な一方通行の情の投げかけになります。
③雑歌とは、相聞・挽歌以外の雑なまとめ方です。

最後に、『万葉集』は「万葉仮名」が使われています。日本に文字がなかったとき、中国大陸から漢字が入ってきた。日本の言葉をすべて漢字で表記することはむずかしく、漢字一文字に音読みの音をあてました。たとえば

年之不知久(323首目)

というのは、読み方としては「としのしらなく」です。「不知」は漢文でレ点として習っているもので、「知らず」となるのはわかるかと思いますが、「久」と書いて「く」と読むのは、漢字の意味に関係なくただの当て字ということです。また、「久」という万葉仮名が崩れて、ひらがなの「く」が生まれました。万葉仮名は日本語にとって大きな意味があるのです。

『懐風藻』(かいふうそう)
【ポイント】
・成立751年
・現存最古の漢詩文


万葉仮名の使用でもわかるように、この時代はどのように文字で表現するかということが問題でした。大陸(外国)からは漢字が伝わり、外国語として漢字で書かれた作品がいろいろ入ってきた。そのうちに「漢詩」という形態があり、韻を踏む韻文形式です。

『懐風藻』が重要なのは、どのように自分たちの気持ちを文字に起こすかという命題の中で、日本人が初めて漢詩を使って自分たちの世界を表現したというところにあります。当然中国伝来の漢文を扱える人間は限られていて、石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)や淡海三船(おうみのみふね)といった貴族の歌が中心です。

古代後期~平安前期~

古代前期で押さえるべきはこれくらいでしょうか。続いて雅やかな古代後期に移ります。

古代後期は、平安京に都が移り(794年)、藤原氏ら貴族が政治的中心となった時代です。出てくる作品も貴族文化が作った美意識が強くあらわれている。この平安時代を前期・中期・後期に分けてみていきましょう。

①平安前期:男性漢文学が中心。
②平安中期:「源氏物語」を代表とする物語の隆盛。
③平安後期:退廃の影が忍び寄ってくる。


平安時代は、いわゆる「国風時代」といって、それまでの外国の影響を受けすぎている文学ではなく、日本文学の独自性が花開いた時代といわれていますが、「国風時代」の主な時代は②平安中期であって、①平安前期は「国風暗黒時代」などと言われています。

その平安前期を見ると、古代前期から引き続き、政治の中心にいた男性による漢文作品が多い。古代前期で見た、『日本書紀』以降の「六国史」と呼ばれる『続日本紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『日本文徳天皇実録』、『日本三代実録』は、いずれも漢文でこの時代に書かれています。

あまり試験でも大きく取り上げられることもないのでちゃっちゃと行きますと、他には、『日本霊異記』という日本最初の仏教説話集や、『文華秀麗集』・『凌雲集』・『経国集』といった漢詩集が書かれている。どれも漢文体で書かれたものになります。

しかしそんな国風暗黒時代にも、ようやく国風の芽が出てきます。

『古今和歌集』
【ポイント】
・成立905年。
・醍醐天皇の勅命で編纂された勅撰集。
・紀貫之(きのつらゆき)の仮名序が有名。
・八代集の一番目。


『古今和歌集』の序文で紀貫之は下のように書いている。

ここに、いにしへのことをも、歌の心をも知れる人わづかに一人二人なりき。しかあれど、これかれ得たる所得ぬ所、たがひになむある。かの御時よりこのかた、年は百年あまり、世は十(と)つぎになむなりにける。いにしへのことをも歌をも知れる人よむ人おほからず。

ここで言っているのが『万葉集』のことであり、紀貫之たちが『万葉集』の時代と比較して、現在の歌が乱れているとして、和歌を復権させようとした。だから、「古」(いにしえ)と「今」のかけ橋となる、『古今和歌集』ということ。

でも『古今和歌集』の内容は『万葉集』に比べると整っていて、『万葉集』では相聞、挽歌、雑歌の分け方があったと言いましたが、『古今和歌集』では、春・夏・秋・冬・賀・離別・物名・恋・哀傷・雑など、分類の種類が多くあり、それをどのように配列するかに意識を使っています。

また、歌の内容も『万葉集』のような素朴な歌は少なく、頭で考えた巧みで技巧的な歌、観念的な歌が多く、『万葉集』が「ますら(益)をぶり(男振り)」と呼ばれていたのに対し、「たをや(手弱)めぶり(女振り)」と呼ばれています。

・世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(在原業平)
・みな人は花の衣になりぬなり苔の袂よかわきだにせよ(僧正遍昭)
・花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに(小野小町)

この三つの歌は、『古今和歌集』で中心的存在となる、「六歌仙」と呼ばれるうちの三人の歌です。ちなみに一番上の在原業平は、後で出てくる『伊勢物語』の主人公のモデルと言われている人です。

『古今和歌集』の歌はよく練られたものが多く、百人一首にもよく取られていて馴染みがあり、単語や文法など勉強になることが多いので、一度解説本と一緒に読んでみるとよいと思います。和歌問題の良い訓練にもなります。

付け加えると、『古今和歌集』は醍醐天皇の勅命で編纂された勅撰和歌集ですが、それ以後も、『後撰和歌集』、『拾遺和歌集』、『後拾遺和歌集』、『金葉和歌集』、『詞花和歌集』、『千載和歌集』、そして『新古今和歌集』と続き、古今和歌集をあわせて「八代集」と呼ばれます。『金葉和歌集』の転換、『新古今和歌集』の新歌風の確立など見どころはありますが、大学受験ではあまり出ないので省略。

ちなみに、『古今和歌集』選者の紀貫之は『土佐日記』の作者でもあります。「男もすなる日記といふものを女もしてみんとてするなり」という書き出しで有名な、女性仮託の日記で、平安中期以降増えてくる日記文学の先駆けです。

古代後期~平安中期~

次に、②平安中期へ入っていきます。中期になると、和歌よりも物語というジャンルが興ってくる。

ところで、あるジャンルからあるジャンルへ移る時、普通は一気に変わるのではなく、徐々に移っていくものです(過渡的変遷)。和歌から物語にある瞬間に変わるのではなく、和歌と物語が溶け合いながら、最後に物語が中心になっていくイメージを持つとよいと思います。

なので、当初に現れるのは、「歌物語」といわれる、『伊勢物語』や『大和物語』、『平中物語』になります。もともと和歌集を見ると、詞書(ことばがき)という、歌を詠んだ時の状況についてちょっと説明文があり、和歌が載っています。例えば『古今和歌集』を見ると、『伊勢物語』の主人公のモデルであり、六歌仙のひとりの在原業平の歌では、

(詞書)やよひのつこもりの日、あめのふりけるにふちの花ををりて人につかはしける
(和歌)濡れつつぞ強ひて折りつる年のうちに春は幾日もあらじと思へば

この詞書の部分では必要最小限のことしか触れていないが、これがだんだん膨大化していく。すると和歌のおまけだった説明文が主役になり、和歌が添える程度のものになってくる。実際にこの歌は、『伊勢物語』の80段に歌物語として載っています。

こうして物語が徐々に発展をするわけですが、最初の内は『竹取物語』のような伝奇的なものや、『落窪物語』のような「継子(ままこ)いじめ」という型にはまった物語などが成立する。たしかに歌以外の文章は増大化したが、「人間を深く描き切る」という、近代文学観からすると物足りなさを感じてしまう。

ここでようやく登場するのが、紫式部の『源氏物語』となるわけです。

『源氏物語』
【ポイント】
・作者:紫式部
・物語文学の最高傑作。
・「桐壺」から「夢浮橋」までの五十四帖。


膨大な分量の物語にもかかわらず、大きな破綻もなく構成され、そこに生きる人間の心理を豊饒な世界のもとに描写しきった作品として、日本文学を代表するものです。その宮廷の精密な描写は、一条天皇の中宮・彰子の女房にもついた紫式部が、貴族社会の内情をよく観察していたものと思われます。

内容を軽く触れると、

第一部(第一帖「桐壺」~第三十三帖「藤裏葉」)
:光源氏が母親似の藤壺女御、幼い紫の上、政略的に結婚した葵上、朧月夜などの女性を遍歴するが、それがあだとなり謀反の罪によって須磨・明石へ流されるも、現地の明石の君たちの出会いもあり、都に戻ってきて地位を手に入れる(貴種流離譚という、偉い人は一度流されて戻ってきて完璧な権力を実現するという形式)。紫上や明石の君などかつてかかわった女性を集め、六条院で栄華を実現する。

第二部(第三十四帖「若菜上」~第四十一帖「幻」
:栄華を実現した光源氏だったが、朱雀院の女三宮が光源氏に降嫁してきたのをきっかけとし、その栄光は揺らぎ始め、女三宮と柏木との密通により生まれた子・薫を自らの子として抱く運命の皮肉などを感じながら、光源氏は出家の意思を固める。

第三部(第四十二帖「匂宮」~第五十四帖「夢浮橋」)
:光源氏に変わり、薫を主人公とする話が始まる。匂宮というライバルと女性を取り合う。大君、中君という女性についても、匂宮と取り合うも、第一部の光源氏のように単純にはいかない。最後の女性・浮舟に至っては、薫と匂宮、男二人を拒否して入水の果てに仏門に入る。光源氏を陽とすれば、薫を陰として、長大な物語は幕を閉じる。

かなりざっくりと省略しましたが、詳しく説明しようとするとこの何十倍もかかるので、興味のある人はもう少し詳しい概略を読んでみると読んでください。

『枕草子』
【ポイント】
・作者:清少納言
・随筆文学。


紫式部と並び称される清少納言の随筆が『枕草子』。紫式部は一条天皇の中宮・彰子の女房でしたが、清少納言は一条天皇の中宮・定子に仕えていました。

当時の宮廷に仕えていた女房たちは、身の回りに起きるよしなしごとを書きしるし、自身の感性をもって観察していました。そのうちで『枕草子』は、清少納言の鋭い感覚と自我をもって、非常に完成度の高いものです。

こうした随筆・日記では他に、紫式部の『紫式部日記』、藤原道綱母の『蜻蛉日記』、和泉式部の『和泉式部日記』などがあります。

古代後期~平安後期~

最後に③平安後期です。平安時代の総括とともに、中世への予兆が見られる時期です。

平安後期の物語は、ほぼすべて『源氏物語』の影響を受けているといってもよい。それほど『源氏物語』は大きい存在でした。『狭衣物語』や『浜松中納言物語』、『堤中納言物語』、『とりかへばや物語』などいろいろありますが、とくに触れておくことはありません。『源氏物語』との差別化をするために、空想的・退廃的な筋書きも随所に見られます。

日記では、菅原孝標女(たかすえのむすめ)の『更級日記』、讃岐典侍(さぬきのすけ)の『讃岐典侍日記』などがある。『更級日記』は幼い主人公が、『源氏物語』を読みふけって憧れを持つ序盤が有名です。

また、『栄華物語』や『大鏡』といった「歴史物語」が登場するのも特徴的。藤原道長という、最盛を誇った歴史上人物に対する、記録もしくは批評を行っているもの。『栄華物語』が道長を肯定的に描いている一方、『大鏡』は批判的に描いている。ちなみに『大鏡』系統の歴史書は、この後中世にかけて『今鏡』、『水鏡』、『増鏡』と成立していく。

ここから武士の時代となる中世に入り、歴史物語が一つの最盛期を迎える。そして宮中で享受されていた物語、日記などが、都の権力の低下とともに衰退していく。それはまた次回。

→次ページ:中世文学史


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